【28】小指を角にぶつけた時の解釈

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生理の時、注意が散漫なのでしょうか、小さなドジを繰り返します。
小指を角にぶつけるだの、閉め忘れた棚の扉に頭をうつだの
そういう類のことです。
以前は、こんな場面では、「あぁなんでこんなとこにこんなものが置いてあるんのよ」と
悔しがったり、反省したり、余計にイライラしたりしてたのですが、
今はある習慣に則って、するべきことをしてから、それから存分に痛がります(笑)

どこで読んだのか、
はたまた、誰に聞いたのかもう覚えていないんですが、
こういうドジを何かしらのメッセージだと捉えるという考え方があるようでして、
以降、私はこれを実践しているのです。

実践といっても大それたことではなく、一瞬だけ意識を傾けるだけなのです。
つまり、小指をぶつけた瞬間、
自分は何を考えていたのかを即座に見つめるのです。

焦っていたり、不満があったり、やっぱりろくなことを考えていないものです。
ドジをするときに、まあこんな風に、
常にネガティブな感情の時とは限らないとは思いますが、
自分の気持ちを見直す絶好のタイミングだと思います。
なにしろ逃しにくいタイミングですから(笑)
気づきは身近なところにあり、何かしらの法則性があるとして
まあ、教えられることがあるのかもしれません。

ちなみに、電車で乗り過ごすだの財布を落とすとかの類ですと、
降りてルート修正とか、探すとかなにかしらの事後対処が先決で
その時の瞬間の感情を思い出すことはできないので
そういうドジをしたときは適応できないかもしれません。

なので、痛がる以外できない場合にオススメといいますか
一瞬心をチェックしてから、痛がるようにするといいのかもしれません(笑)

追記:
ブラジルの小説家パウロ・コエーリョは、人が忘れ物をするのは
守護天使がタイミングをずらして災難から守ってくれてるからと
ヴァルキリーで触れています。
司馬遼太郎の関ケ原の登場人物、
島左近は階段を踏み外したときに、
願いが届いたシルシだと思ったと描かれています。

解釈はいろいろですね。
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by lakenunnu | 2012-09-26 17:20 | 生理ありがとう!(15)