【52】女性の肩身の狭さと生理痛って関連あるのかな

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パール・バックの『大地』という小説って
物語はとにかく壮絶で、登場人物もみんなアクが強くて、
どちらかというと私の好みではないのですが、
ピュリッツァー賞とノーベル文学賞を両方受賞していると知って
ミーハー心から、なんとか読み切ったものです。

一度読むと、暫くはいいやって気分になりました(笑)
たとえば、生まれた赤ちゃんが女の子だとわかると涙を流して謝ったり、
男の子を生めば立場がよくなったりとか、
なんていうか、女としてげんなりする表現が満載なのです。

けれど、今でもどこかの国では女の子が生まれると捨てられたり、
ワリス・ディリーの映画で知られた手術も地域では支持されていたり、
布で顔や体を覆わなきゃな風習あったり、
いろんな国の文化で、嫁入り時の持参金って習慣はあるし、
思えば、どこかの国の土俵は神聖な場所だからって女人禁制だし、
聖書でも、箱あけちゃったり、果実食べちゃうアホ扱いだし、
そうすると、女性の穢れ的な扱いはユニバーサルなものだな、と思えるのです。

女性の体の方がより神秘的だから
生き物として自然への原始的な恐れなのか、
なにかしらの抑止力なのか、
はたまた交換を促すためなのか、
理由はわからなくても、ここまで普遍的だと、
社会を維持していくために必要なシステムだったのではないかと考えるのも
妥当ではないかと、思うのです。

だから、女として抱える悩みって、
時代や社会にあわせてその形が変わるだけで、
いつでもどこでも必ず存在するものなのではないかと
思えるようになったのです。

すると、できちゃった婚への微妙なリアクションや、
産休・育休への風当たりなど、
社会進出による高齢出産だの、未婚だの、
どっちみち、女性が肩身の狭くなるようなシステムゆえ、と解釈できるのです。

で、ここまで、大きな話をしておいて、
今回もぐいっと主題に戻りまして(笑)
この原罪の意識は、刷り込まれていろんなところに関わっていて、
生理痛の痛みにも、心理的に影響してるんじゃないか、
なんて大胆な仮設をたててみるのでした。

普通、血を見たらよい気分はしないわけで、
生理の血って女性の罪悪感とかの象徴になってる、
つまり、女性自身で原罪を毎月刷り込んでいるんじゃないかと。

ただでさえ、生理の時って、体調悪くって
人に迷惑かけてるかもとか申し訳ない気分になりやすいので
多くの人が弱気になるんじゃないかと。
痛みは気の持ちようだとしたら、
こんな気分では、もっと生理痛が痛むのではないかと考えたのでした。

そうすると、解決策は・・・
生理の時、自分の血をみて、得意げになったり喜ぶこと?(アブナイ。。。)
そんなんで、原罪からも解き放たれるのでしょうか(笑)
我ながら疑問ですが、せっかく思いついたので、
とりあえず実践しつつ、考えていきます。
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by lakenunnu | 2013-03-13 18:22 | 生理痛ありがとう!(15)